ero-memo

歌手

おニャン子クラブ(おニャンこクラブ)は、日本の女性アイドルグループ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E3%83%8B%E...

ニャンニャン事件は『夕やけニャンニャン』のネーミングの由来となるなど二年経っていた当時しても認知度は抜群であった。

結成へのいきさつ

フジテレビ?の土曜深夜の生放送バラエティ番組『オールナイトフジ?』(1983年~1991年)は、社会的現象ともいえるほどにヒットし、
そのヒットの一翼を担った、番組アシスタントの女性グループ「オールナイターズ?」も、アイドル的な人気で盛り上がっていた。
既存の芸能人ではない、素人の女子大生?たちを中心に構成されていて、それまで崇高な存在であったアイドル像とは相反していたことで、注目を浴びていた。
[別冊宝島2611『80年代アイドルcollection』p.3.]

その成功から、フジテレビは、『オールナイトフジ』と同じスタッフ(共同作業者は、秋元康、後藤次利、笠井一二)によるもので、
中高生をターゲットに放送する、平日夕方(5時からの一時間)の生放送バラエティ番組『夕やけニャンニャン?』の開始と、
番組アシスタントの女性グループ「おニャン子クラブ」の結成を企画する。

1985年4月1日 デビュー

パイロット番組として、1985年2月23日と3月16日に特番『オールナイトフジ女子高生スペシャル』を制作して放送。
その特番に出演していた現役の女子高生?のなかから選抜した11人でおニャン子クラブを結成し、
1985年4月1日からローカル放送枠で『夕やけニャンニャン』放送開始とともに出演させた。

おニャン子クラブのメンバーには会員番号が与えられ、会員番号の振り分けは、結成時の11人はくじ引き順で、それ以後は加入順。
自己紹介の際には必ず名前の前に「おニャン子クラブ会員番号××番」を付けて名乗っていた。
大半は学生であったことから各々の定期試験中は番組出演を控えて欠席した。


4新田恵利?
(にった えり)
1986年9月26日ボンド企画?「セーラー服を脱がさないで」のフロントボーカル。
5中島美春?
(なかじま みはる)
1986年3月31日-「セーラー服を脱がさないで」のフロントボーカル。


8国生さゆり?
(こくしょう さゆり)
1987年3月30日エイプリル・ミュージック?パイロット番組で優勝。
9名越美香?
(なごや みか)
1986年9月26日-

11福永恵規?
(ふくなが さとみ)
1986年9月26日ボンド企画
バーニングプロダクション?
「セーラー服を脱がさないで」のフロントボーカル。

番組開始時からメンバー選定のオーディション・コーナー「ザ・スカウト アイドルを探せ!」を設けて、新メンバーが加入していく。
「どこにでもいそう」、「ちょっと気になる可愛い同級生」と、オールナイターズのコンセプトが踏襲されて、素人感覚のメンバーを集めたのだが、
芸能界志向のある者や、オーディションの常連者、事務所に所属していた者、オールナイターズの出身者まで参加していた。
2年半の間にメンバーの加入と脱退が頻繁に行われていたので、メンバーの顔ぶれは常に流動的であった。
会員番号名前加入時期卒業時期事務所備考
12河合その子?
(かわい そのこ)
1985年4月5日1986年3月31日渡辺プロダクション?
13内海和子?
(うつみ かずこ)
1987年3月30日ホリプロ?「セーラー服を脱がさないで」のフロントボーカル。
14富川春美?
(とみかわ はるみ)
1987年9月20日(解散時)-
15立見里歌?
(たつみ りか)
1985年4月19日1987年3月30日-
16高井麻巳子?
(たかい まみこ)
1985年4月26日田辺エージェンシー?
17城之内早苗?
(じょうのうち さなえ)
1985年5月10日1987年9月20日(解散時)プロダクション尾木?
18永田ルリ子?
(ながた るりこ)
1985年5月17日1987年9月20日(解散時)-
19岩井由紀子?
(いわい ゆきこ)
1985年6月21日1987年9月20日(解散時)渡辺プロダクション?(ゆうゆ)

1985年7月5日 ブレイク

1stシングル1985年7月5日セーラー服を脱がさないで?オリコン5位

シングル「セーラー服を脱がさないで」でレコードデビュー。たちまちヒットしていき、おニャン子クラブの人気はブレイクした。
それを期に『夕やけニャンニャン』は開始当初は7局ネットだったのが年内には全国ネット規模の23局ネットまで拡大していく。
また、おニャン子クラブは、フジテレビの他の番組である『夜のヒットスタジオDELUXE?』や『スターどっきり㊙報告?』、
他局の人気音楽番組『ザ・ベストテン?』(TBS?系)、『ザ・トップテン?』(日本テレビ?系)にも出演を果たし、
さらにアイドル情報雑誌の『明星?』や『平凡?』などにも登場して全国的な知名度も上がっていくようになる。

「セーラー服を脱がさないで 今はダメよ我慢なさって
セーラー服を脱がさないで 嫌よダメよこんなところじゃ
女の子は いつでも“MI−MI−DO−SHI−MA”
お勉強してるのよ Ah− 毎日
友達より早くエッチをしたいけど
キスから先に進めない憶病すぎるの
週刊誌みたいなエッチをしたいけど
全てをあげてしまうのはもったいないから・・・あげない!

セーラー服を脱がさないで スカートまでまくれちゃうでしょ
セーラー服を脱がさないで 胸のリボンほどかないでね
男の子はその時どうなるの?
興味津々 しちゃうのよ Ah− 不思議ね
デートに誘われてバージンじゃ つまらない
パパやママは知らないの明日の外泊
ちょっぴり恐いけどバージンじゃ つまらない
おばんになっちゃう その前においしいハートを…食べて!

「エッチをしたいけど」という歌詞が登場するが、この曲が作詞された当時「エッチ」という語は、
性的ニュアンスは含むものの、具体的には何を指しているのかよく分からないあいまいな表現であった。

1985年 下半期


1985年9月、河合その子が「涙の茉莉花LOVE?」でメンバー初のソロデビューを果たす。オリコン週間チャートで1位を獲得した。


1985年10月、そのメンバーから高井麻巳子と岩井由紀子のふたりで結成された初のグループ内ユニットうしろゆびさされ組?が、
フジテレビにおける新番組のアニメ『ハイスクール!奇面組?』主題歌「うしろゆびさされ組?」でデビューして、こちらもまたヒット。

1985年10月に初の有料コンサートを開催。
また、フジテレビの関連会社が運営する公式ファンクラブの「こニャン子クラブ」も発足して、当初から十万人単位の会員数が集まるなどして、
たんなる番組企画的な存在からフジテレビにおける収益事業のひとつに向けて変換されていく。

以降、グループ名義、ソロ名義、グループ内で作ったユニット名義などで、
シングル、アルバム、ビデオソフト、写真集をリリースをしし続けてヒットさせ、1980年代中期のアイドルシーンを席捲していった。

1986年 上半期


1986年1月、新田恵利が「冬のオペラグラス?」でソロデビュー。オリコン初登場1位となり、30万枚以上の売り上げを記録する。
同月、フジテレビ単発ドラマ枠の「月曜ドラマランド?」において、おニャン子クラブのメンバー初主演ドラマとなった福永恵規主演
ボクの婚約者?』放送。以後、同枠では月に一、二本のペースでおニャン子クラブのメンバーを主演に置いたものが放送されるようになっていく。


1986年2月1日、おニャン子クラブ結成時からの人気メンバーであった国生さゆりが「バレンタイン・キッス?」で満を持してデビュー。
1986年2月1日、国生さゆりの「バレンタイン・キッス」に「withおニャン子クラブ」として白石麻子、渡辺美奈代と共にアンダーガールを務める。

1986年3月、中島美春が専門学校に進学するため、河合その子がソロ活動に専念するためにおニャン子クラブを脱退する。
『夕やけニャンニャン』の番組内と同時期に開催されたコンサートツアー最終公演でふたりの“卒業式”が執り行われ、華々しく送り出されていく。
これが慣例となり、以後おニャン子クラブから脱退していく主要メンバーに対して、
番組内とその同時期にあるコンサートツアー最終公演で“卒業式”が行われるようになっていく。

1986年 下半期

活動初期からの著名なメンバーが脱退していったものの、
ブレイクした後に加入してきた渡辺美奈代?が7月にレコードデビューし、渡辺満里奈?も10月にレコードデビュー、
他にも工藤静香生稲晃子?ら、おニャン子クラブの中期から後期の人気を支え、
その後も芸能界に残っていくメンバーが続々と加入してくるなど、おニャン子クラブの面子は日々充実していった。

セールス面においても、1986年のオリコンシングル1位獲得46曲中、おニャン子クラブ関連が30曲獲り、
52週中の36週でそれを記録するなどして席捲する(1986年のオリコン週間シングルチャート?を参照)。
おニャン子クラブ関連の連続リリースによりレコード店のシングル盤コーナーを訪れる客が増え、
貸しレコードの普及などにより数年来低迷していたシングル盤市場が再び盛り上がりを見せたという分析もある。
[「おニャン子旋風 不況レコード界の“救世主”」『朝日新聞』1986年7月17日付東京夕刊、15頁。]

一方でこの時期、おニャン子クラブ関連が毎週2〜3組もランキングしていたTBSの『ザ・ベストテン』に、
フジテレビと『夕やけニャンニャン』側は「順位が低い」とランキングについて異議を唱える。
7月からフジテレビと『夕やけニャンニャン』側は、おニャン子クラブ、ソロ、グループ内ユニット、
そしておニャン子クラブから脱退したOGも含めた全ての出演を『ザ・ベストテン』に対してボイコットしていく。
これは翌1987年4月まで半年以上にわたって長引いていくことになってしまった。

1986年9月の番組内およびコンサートツアー最終公演で、新田恵利、福永恵規ら、結成時からのメンバーが卒業しておニャン子クラブを脱退。
それと前後して、集英社?刊行の女性ファッション誌『Seventeen?』主催のオーディション「ミス・セブンティーン」とコラボレーションした
「ザ・スカウト アイドルを探せ!」によって選ばれた貝瀬典子ら新世代のメンバーが大量に入ってくる。
番組開始当初は毎日出演、この頃は週一でレギュラー出演していたとんねるず?石橋貴明?は、新メンバーの顔と名前が一致しないと嘆くようになる。

『夕やけニャンニャン』とおニャン子クラブは1986年前半から中盤に掛けては前年以上のブームを巻き起こしたのだが、
後半である秋口あたりからブームの退潮が見られるようになっていく。
8月末に全国公開された主演映画『おニャン子ザ・ムービー 危機イッパツ!?』が興行的に失敗に終わる。
そして、5月からゴールデンタイム帯で放送されていた『夕やけニャンニャン』の姉妹番組『夕食ニャンニャン?』も4ヶ月後の9月で終了し、
本体の『夕やけニャンニャン』自体の視聴率もピークだった1986年初頭から下がり続けていった。

活動中期の1986年8月と9月に、中学生で加入してきたメンバーたち5人で括られた「おニャン子クラブB組」も作られた。
高校生以上で構成される本体のおニャン子クラブとは区分されていたが、
1987年4月にB組の面子が全員高校生になって本体に昇格したことで、発展的解消した。

1987年 上半期

1987年3月の番組内および4月の春のコンサートツアー最終公演で、内海和子、国生さゆり、高井麻巳子らが脱退。
5月、生稲晃子、工藤静香、斉藤満喜子?の3人で結成されたうしろ髪ひかれ隊?がシングル「時の河を越えて?」でデビューする。
ヒットしたものの、これがグループ内ユニットの最後のものとなり、
翌6月15日に『夕やけニャンニャン』内で番組の終了とおニャン子クラブの解散を告知する。

1987年8月21日、ラストシングル『ウェディングドレス』を発売。
1987年8月31日、『夕やけニャンニャン』』の番組終了。
1987年9月20日、代々木第一体育館におけるコンサートにて解散した。
解散コンサートを行って、わずか2年半の期間でその活動が閉じられた。解散時は19人が在籍していた。

おニャン子クラブ活動中にレコードデビューしていた人を中心に芸能事務所に所属していたメンバーは解散以降も芸能界に残れたが、
それ以外のメンバーのマネージメントはフジテレビ預かりであったため、活動続行不能となって同時に引退していった。

解散

2002年、初期メンバーのうち賛同者のみの14名によって一時的に再結成し、シングル「ショーミキゲン?」をリリースした。
2010年にはテレビCM上で11名のメンバーが再結成し、「セーラー服を脱がさないで」のサビを俳優・伊藤淳史?とともに歌い踊り、
アラフォーになったおニャン子クラブの姿を披露した。
2018年7月7日正午から日本テレビ系で放映予定の音楽特番「THE MUSIC DAY」に、
内海和子・国生さゆり・立見里歌・新田恵利・山本スーザン久美子・渡辺美奈代が出演と報道された。
4新田恵利?(にった えり)1986年9月26日ボンド企画?1997年、フジテレビ社員と結婚。一時期芸能活動を休止していたが現在は復帰。
歯科衛生士を目指す為芸能界を引退したが、
おニャン子クラブの復活イベントなどには頻繁に顔を出し、
その縁で1997年にとんねるず?のマネージャーであるボブ市川と結婚。|5|中島美春?(なかじま みはる)|^|1986年3月31日|-||
現在も芸能活動中。結婚→離婚→(元夫と)同棲→同棲解消。2012年2月14日、甲田英司と入籍→2013年9月9日、離婚。 |8|国生さゆり?(こくしょう さゆり)|^|1987年3月30日|エイプリル・ミュージック?|国生さゆり with おニャン子クラブとしても活動。
おニャン子出身者の中で夜のヒットスタジオ?8回出演。|
|9|名越美香?(なごや みか)|^|1986年9月26日| ニャンギラスのメンバー。香港人パイロットと結婚し、香港に在住。1児の母。
|11|福永恵規?(ふくなが さとみ)|^|1986年9月26日|ボンド企画
バーニングプロダクション?|全部で4枚のソロシングルを出した。1988年に芸能界を引退し、1994年に結婚、その後離婚。現在は大手プロダクションの広報スタッフとして活躍。
|12|河合その子?(かわい そのこ)|1985年4月5日|1986年3月31日|渡辺プロダクション?|1994年に後藤次利と結婚し、一時芸能界を引退したが、2010年に石川秀美、伊藤つかさ、荻野目洋子とともに、資生堂の「IN&ON」のCMに出演。1児の母。
|13|内海和子?(うつみ かずこ)|^|1987年3月30日|ホリプロ?||1972年に子役でデビュー。解散後、ヌード写真集を発表。1993年に結婚し、芸能界を引退。1児の母。


https://ameblo.jp/kazukoutsumi/

|14|富川春美?(とみかわ はるみ)|^|1987年9月20日(解散時)|一時シャンプーのCMに出るなど、タレント活動をしていたがその後引退。3児の母。
|15|立見里歌?(たつみ りか)|1985年4月19日|1987年3月30日|-|ニャンギラスのメンバー。引退後ポニーキャニオン入社→退社。1991年に結婚→離婚。現在はタレントの傍ら雑誌編集者として活動中。
|16|高井麻巳子?(たかい まみこ)|1985年4月26日|^|田辺エージェンシー?|うしろゆびさされ組のメンバー。1988年に秋元康と結婚し芸能界を引退。1児の母。
|17|城之内早苗?(じょうのうち さなえ)|1985年5月10日|1987年9月20日(解散時)|プロダクション尾木?|現在は演歌歌手として活動中。2004年にフジテレビ社員と結婚。
|19|岩井由紀子?(いわい ゆきこ)|1985年6月21日|1987年9月20日(解散時)|渡辺プロダクション?|うしろゆびさされ組のメンバー。一時期愛称の「ゆうゆ」名義で活動。1997年に青年実業家の相手と結婚し、芸能界を引退。3児の母。
2ndシングル1985年10月21日およしになってねTEACHERオリコン2位
3rdシングル1986年2月21日じゃあねオリコン1位
4thシングル1986年4月21日おっとCHIKAN!オリコン1位
5thシングル1986年7月21日お先に失礼オリコン1位
6thシングル1986年11月1日恋はくえすちょんオリコン1位
7thシングル1987年1月21日NO MORE 恋愛ごっこオリコン1位
8thシングル1987年5月21日かたつむりサンバオリコン1位
9thシングル1987年8月21日ウェディングドレスオリコン2位
10thシングル2002年11月20日ショーミキゲンオリコン48位

メンバー一覧とその後の近況

詳細は各人の項を参照のこと。太字の14人は現在も芸能界で活躍している。


会員番号の唄?








会員番号名前生年月日加入時期卒業時期事務所
20寺本容子(てらもと ようこ)1969年12月21日1985年7月19日1985年9月10日フジテレビ
おニャン子の活動を優先しようと学校を自主退学。しかし、番組規定(学校からの許可と学校との両立が活動の条件)に反するとして脱退。
その後、モデルとして活動し、1996年に結婚引退。

会員番号名前生年月日加入時期卒業時期事務所
21五味岡たまき(ごみおか たまき)1970年1月19日1985年7月26日1985年9月20日フジテレビ
脱退を公式に発表せずに、ある日突如番組から姿を消す脱退。理由は「おニャン子としての活動がつまらない」というものだった。
1987年10月、『週刊プレイボーイ?』のグラビアページ?に登場。1990年『大海賊?』廃刊以降は活動状況が伝わらない。
2000年代に入り、その頃に結婚、出産。

会員番号名前生年月日加入時期卒業時期事務所
22白石麻子(しらいし まこ)1969年6月12日1985年7月26日1987年9月20日(解散時)フジテレビ
おニャン子解散後は芸能界に残ることなく、学業に専念して短大に進学した。短大卒業後、ジャガー・ジャパンに勤務。
1992年に結婚をした。3男1女の4児の母となった。現在は小児科の受付とヨガのインストラクターをしていて、
2002年のおニャン子再結成「ショーミキゲン」のレコーディングに参加。TVは不参加。
https://twitter.com/macocohima22

会員番号名前生年月日加入時期卒業時期事務所
23林香織(はやし かおり)1969年2月8日1985年8月2日1986年3月27日フジテレビ
大阪駐在員、レコードや海外ロケなどにも不参加が多くまた。

会員番号名前生年月日加入時期卒業時期事務所
24三田文代(みた ふみよ)1967年1月6日1985年8月16日1986年3月27日フジテレビ
モモコクラブ?(桃組出席番号611番)。島駐在員、レコードや海外ロケなどにも不参加が多くまた。
卒業後は、日本旅行マッハクイーンのキャンペーンガールを経て女優業へと転身(1990~1998年)。現在はニューヨークにて演劇の勉強中。

会員番号名前生年月日加入時期卒業時期事務所
25吉沢秋絵(よしざわ あきえ)1968年10月20日1985年8月30日1986年9月26日田辺エージェンシー
1985年11月7日「スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説?」で役者デビュー。主題歌「なぜ?の嵐?」でソロデビュー。
しかし、当時の状況にあって、加入後即、ソロデビューさせたことには無理があり、人気、売上とも伸び悩んだ。
そこで2枚目、3枚目の各シングルのB面には、おニャン子クラブ全員参加の「会員番号の唄?」「新・会員番号の唄」を収録し。
売上は伸びたが、購入者の目的の大半は両「会員番号の唄」であり、「どちらがA面?」と言われた。
1986年9月、おニャン子クラブを卒業。『スケバン刑事II』の撮影で多忙だったことと、学業成績が著しく下降したこと。
1991年に引退。引退後は少女小説?の持ち込みをしたことがきっかけで出版関係の仕事などをしていた。
1993年、その体験をふまえた著書『神様、ごめんなさい!!』を、本名の吉沢章江名義で出版。

1991年に芸能界を引退し、1996年に結婚。現在は海外在住。1児の母。

なぜ?の嵐(1985年11月1日) -『スケバン刑事II』の主題歌 吉沢秋絵 with おニャン子クラブ 
(c/w) 黄昏の孔雀 
季節はずれの恋(1986年3月1日)[3] -『スケバン刑事II』の挿入歌 1986年度年間24位(オリコン)[4]
(c/w) 会員番号の唄 - B面はおニャン子クラブ名義
鏡の中の私(1986年9月10日)
(c/w) 新・会員番号の唄 - B面はおニャン子クラブ名義


|26 赤坂芳恵 あかさか よしえ 1985年9月27日 1985年10月4日(C) 元モモコクラブ(桃組出席番号2142番)。諸事情から在籍期間一週間。
|27 松本亜紀 まつもと あき 1985年10月25日 1985年10月25日(C) 元モモコクラブ(桃組出席番号1861番)。合格したのみで活動はなし。2児の母。
|28 横田睦美 よこた むつみ 1985年11月29日(Y) 解散時メンバー 現在はヨーガを教えている。
|29 渡辺美奈代 わたなべ みなよ バーニングプロダクション 国生さゆり with おニャン子クラブのボーカルの一人。おニャン子出身者の中で夜のヒットスタジオ最多出演者(13回)。現在はママタレントとして芸能活動中。2児の母。セミヌードに



1986年2月1日、国生さゆりの「バレンタイン・キッス」に「withおニャン子クラブ」として白石麻子と共にアンダーガールを務める。


|30 三上千晶 みかみ ちあき 1986年3月(D) トライアングル・ブルーのオーディションも合格。二度目で合格を果たす。
|31 矢島裕子 やじま ゆうこ 1986年2月(D)
|32 山本スーザン久美子 やまもと すーざん くみこ 1985年12月13日 1986年9月26日(2) おニャン子唯一のハーフ。卒業後は東海旅客鉄道に就職。
|33 布川智子 ふかわ ともこ 1986年1月17日 解散時メンバー トゥインクル・コーポレーション[8] 布川敏和の実妹。解散とともに引退。その後大阪府の男性と結婚し、3児の母。2011年5月に夫の姓を名乗り「荻野智子」として活動再開。
|34 弓岡真美 ゆみおか まみ 1986年1月10日 1986年12月25日(3) 中学を卒業して1986年3月14日から活動。1児の母。
|35 岡本貴子 おかもと たかこ 弓岡同様3月14日から活動。
|36 渡辺満里奈 わたなべ まりな 1986年3月27日 解散時メンバー エイプリル・ミュージック 現在も芸能活動中。2005年、名倉潤と結婚。2児の母。
|37 大貫かおり おおぬき かおり 1986年5月9日 不明(C) 元モモコクラブ(桃組出席番号1809番)。諸事情から合格後番組に1日だけ出演。タレント・モデルとして活動中。



|38 工藤静香 くどう しずか 1986年5月23日 解散時メンバー プロダクション尾木 うしろ髪ひかれ隊のメンバー。元セブンティーンクラブであり、元モモコクラブ(桃組出席番号480番)。おニャン子出身者の中で夜のヒットスタジオで9回出演。現在も歌手として活動中。2000年、木村拓哉と結婚。2児の母。
|39 高畠真紀 たかばたけ まき 1986年5月30日 1986年12月25日(3) 新・会員番号の唄に参加。東海大学卒業。
|40 生稲晃子 いくいな あきこ 1986年6月13日 解散時メンバー プロダクション尾木 うしろ髪ひかれ隊のメンバー。解散後にソロデビュー。その後も芸能活動を継続、『ドラマ30・キッズ・ウォー』シリーズに長らく出演していたこともある。2003年結婚。1児の母。六本木で鉄板焼き屋も経営。
|41 貝瀬典子 かいせ のりこ 1986年8月10日(M) ミス・セブンティーングランプリ。当初うしろ髪ひかれ隊に入る予定だった。
|42 斉藤満喜子 さいとう まきこ プロダクション尾木 うしろ髪ひかれ隊のメンバー。ミス・セブンティーン準グランプリ。解散後にソロデビュー。
|43 守屋寿恵 もりや としえ 1987年3月20日(4) ミス・セブンティーン準グランプリ。ソロデビューの予定もあった。2児の母。
|44 高田尚子 たかだ なおこ ミス・セブンティーン特別賞。3児の母。
|45 吉田裕美子 よしだ ゆみこ 1986年9月19日 単独でCM出演し、ソロデビューの予定もあった。
|46 中島早苗 なかじま さなえ 1986年9月25日 元モモコクラブ(桃組出席番号1319番)。子役出身で『宇宙刑事ギャバン』などの作品にも出演。
|47 山森由里子 やまもり ゆりこ 1986年10月24日 解散時メンバー 二度目で合格を果たす。
|48 我妻佳代 あがつま かよ 1987年1月23日 元モモコクラブ(桃組出席番号368番)。解散後にソロデビュー。芹沢直美の実妹。結婚→離婚。1児の母。六本木の会員制クラブ役員。
B組1番
→49
吉見美津子
(よしみ みつこ)
1986年8月10日(M)
1987年4月昇格
1987年9月20日(Z)ミス・セブンティーン特別賞。元モモコクラブ?(桃組出席番号1956番)。解散後ヌードを披露。



|B組2番
→50|杉浦美雪
(すぎうら みゆき ミス・セブンティーン特別賞。解散後はタレント・レースクイーンとして活動、杉美雪と名乗っていたこともある。現在はモデルで、芸名は杉浦未幸。
|B組3番
→51|宮野久美子
(みやの くみこ ミス・セブンティーン特別賞。解散後は故郷の名古屋でローカルタレントとして活動、「Kiss」というグループに在籍。現在も芸能活動中。
|52|鈴木和佳子
(すずき わかこ 1987年4月17日 最後の合格メンバー。
|B組4番|冨永浩子
(とみなが ひろこ 1986年8月10日(M) 1987年3月20日(4) ミス・セブンティーン特別賞。
B組5番山崎真由美
(やまざき まゆみ)
1986年9月25日(T)1987年3月20日(4)-1991年グラビア。ヌードも披露。
研修生ヨリンダ・ヤン
(よりんだ やん)
1987年7月13日1987年7月31日-香港人。現在は香港で歌手活動中。

※加入時期のカッコ内のアルファベットは、以下の理由により加入。
(T) : 「ザ・スカウトアイドルを探せ」オーディションに合格。
(Y) : 「ヤンパラ?イメージガールコンテスト」に合格。
(M) : 雑誌「セブンティーン?」との合同オーディションである「ミス・セブンティーンコンテスト」に合格。

※ 卒業時期のカッコ内のアルファベットは、以下の理由により脱退。番号は卒業式の回数。
(C) : 学校の許可なしで合格したために脱退させられ、学校からも退学。
(D) : 自分の意志で辞めたのだが、当時はまだ「卒業式」がなかったため、脱退を公式に発表せずにある日突如番組から姿を消す脱退。
(Z) : 解散時メンバー

自分の意志で辞めたのだが、当時はまだ「卒業式」がなかったため、脱退を公式に発表せずに、ある日突如番組から姿を消す脱退。(D)




※おニャン子クラブの中学生版であるB組

1987年9月20日

プロデュース戦略
コアターゲットは10代の男子中高生であったが、世代を超えて多くの支持を集めた。

『夕やけニャンニャン』の番組内ではアシスタントやコーナー説明を当番制で行っていた。時にロケに出ることもあった。
本業は高校生であるとメンバーもスタッフも強く認識しており、テスト期間中などは番組を休んでもよいことになっていた(一週間前後のことが多かったが、大学受験を控えたメンバーは1ヶ月以上番組に出演しないこともあった)。また、普段も宿題を楽屋に持ち込んでメンバー同士で教えあったり、番組スタッフに勉強を見てもらうことも頻繁にあった。
メンバーの選出方法

オーディションは、月曜日に始まる自己紹介から金曜日の最終日までの5日間、5人で競い合い、その間毎日番組に登場して課題をこなさなければならなかった。
オーディションを受けたメンバーのなかには、芸能事務所やレコード会社に在籍していたメンバーもいる。ソロデビューを視野に入れた売込みの戦略のひとつで、オーディションに出場・合格させて観客や視聴者に「原石を見つけた」と注目させる目的であった[9]。
オーディション合格後も(芸能事務所に所属していたメンバーを除いて)、メンバーは、フジテレビ局預かりとされ、芸能事務所無所属の正真正銘の素人集団であった。その為、大部分のメンバーが番組終了と同時に解散したおニャン子クラブと共に、一般人として各々の生活に戻った。しかし2014年現在、一般生活に戻っていることが確認できるのはのは15名のみであり、芸能事務所に所属していない残りの25名は消息不明の状態となっている[10]。芸能活動が続行出来たのは、その時点で芸能事務所に所属していた10人前後の者に限られた。
作品

アルバム
オリジナル・アルバム
発売日 タイトル 備考 オリコン最高位
1 1985年9月21日 KICK OFF 2位
2 1986年3月10日 夢カタログ 1位
2008年7月16日 Myこれ!チョイス 14 夢カタログ+シングルコレクション ポニーキャニオンの "Myこれ!チョイス" の一環として復刻
元の収録曲全10曲に加え、オリジナル盤に未収録のシングルA面曲がすべて収録された
3 1986年7月10日 PANIC THE WORLD 1枚目はオリジナル盤、2枚目は1986年4月までのソロ・ユニット楽曲を含むベスト盤 3位
4 1987年2月21日 SIDE LINE 1位
5 1987年8月5日 Circle 1枚目は卒業生を含むソロとユニットのオリジナル、2枚目は現役メンバーによるオリジナル 2位
ベスト・アルバム
発売日 タイトル 備考 オリコン最高位
1986年10月21日 スーパーベスト CDとCTのみのベスト盤
1986年12月21日 NON-STOP おニャン子 CTのみの企画盤
曲間におしゃべりも収録
未発表曲「早口言葉でサヨナラを」収録 1位
1993年11月19日 CDフォーマットを変えて再発売
1987年3月5日 家宝 CDのみのベスト盤
ソロ楽曲も収録
1987年12月5日 おニャン子クラブ ベスト
1989年8月21日 フォーエバー・アイドル・ベスト・シリーズ おニャン子クラブ ピクチャー・レーベル
選曲は『おニャン子クラブ ベスト』と同様
1996年 ベストセレクション CD2枚組
通販限定商品
ソロ楽曲も収録
1997年3月21日 ULTRA NYANKO OMOTE SPECIAL 解散10周年記念ベスト盤
ULTRA NYANKO URA SPECIAL
1999年3月17日 おニャン子クラブA面コレクション Vol.1
おニャン子クラブA面コレクション Vol.4
おニャン子クラブA面コレクション Vol.5
1999年4月21日 おニャン子クラブB面コレクション Vol.1
おニャン子クラブB面コレクション Vol.5
1999年5月21日 おニャン子クラブA面コレクション Vol.2
おニャン子クラブA面コレクション Vol.3
1999年6月19日 おニャン子クラブB面コレクション Vol.2
おニャン子クラブB面コレクション Vol.3
おニャン子クラブB面コレクション Vol.4
2000年9月20日 EURO おニャン子 おニャン子と派生ユニットのシングルA面曲をユーロビートにリアレンジした企画アルバム
2001年12月5日 MYこれ!クション おニャン子クラブBEST
2002年12月18日 おニャン子クラブ ミニ・ベスト
おニャン子クラブ ソロ&ユニット ミニ・ベスト
2005年7月27日 30-35 VOL.3 「おニャン子クラブ」特集 このアルバムのみSony Music Directから発売
未発表曲「真夏のアルバイト」(茂木淳一&新田恵利)収録
2006年9月20日 デビューアルバムに針を落として… おニャン子クラブ編 おニャン子とソロ、派生ユニットのデビューアルバムの1曲目を集めたオムニバス・アルバム
2007年7月18日 「おニャン子クラブ」SINGLESコンプリート シングルA面B面のコンプリート盤、会員番号の唄(『おニャン子Sailing夢工場'87LIVE』音源も含む)も収録
2010年4月21日 Myこれ!Lite おニャン子クラブ
2012年11月21日 ザ・プレミアムベスト おニャン子クラブ
ライブ・アルバム
発売日 タイトル 備考
1987年6月3日 おニャン子Sailing夢工場'87LIVE LP(キャニオン・レコード)、CD(CBS・ソニー)、CT(EPIC・ソニー)で収録曲が異なるライブ盤
CDには、岩井由紀子と渡辺美奈代、CTには渡辺満里奈と生稲晃子のおしゃべりも収録
映像作品
発売日 タイトル 備考
1985年11月16日 課外授業 ファーストコンサート『KICK OFF』のビデオ作品
1986年2月21日 臨海学校 1985年12月末〜1986年1月上旬にかけて撮影されたハワイ観光ビデオ
1986年5月21日 全国縦断コンサート あぶな〜い課外授業 初のコンサートツアーのリハーサル、バックステージ、ドキュメンタリー映像が中心に収録
1986年9月21日 海外出張 1986年8月上旬に撮影されたアメリカ観光ビデオ
1986年11月15日 おニャン子ザ・ムービー 危機イッパツ! 初主演映画のビデオ化
2002年3月20日 DVDにフォーマットを変えて再発売
1987年5月15日 卒業記念SPRINGコンサート Sailing 夢工場 卒業コンサートのビデオ作品
1987年10月31日 おニャン子クラブ解散記念 全国縦断ファイナルコンサート 解散コンサートを完全収録
1988年1月21日 孫の代までおニャン子クラブ 『夕やけニャンニャン』とおニャン子クラブの歴史を紹介するビデオ
2003年10月16日 おニャン子PANIC卒業記念コンサート 1986年夏の『おニャン子PANICツアー卒業公演』を初映像化
ただし、テレビ放送映像を再編集したもの(映像拒否メンバーはカット)
特典映像として、『夕やけニャンニャン』より第2回卒業式を再編集して収録
2004年6月16日 夕やけニャンニャン おニャン子白書 1985年4〜6月 『夕やけニャンニャン』よりおニャン子メンバーをクローズアップしたヒストリー映像集
2004年10月20日 夕やけニャンニャン おニャン子白書 1985年7〜8月
2005年4月27日 夕やけニャンニャン おニャン子白書 1985年9〜11月
2005年12月7日 夕やけニャンニャン おニャン子白書 棚卸し総決算'85/12月
BOXセット
発売日 タイトル 備考
2002年4月17日 おニャン子クラブ「最終盤」〜the final episode〜 『おニャン子 ザ・ムービー 危機イッパツ!』と『孫の代までおニャン子クラブ』を除く全映像作品を収納したDVD-BOX
『孫の代までおニャン子クラブ』を再編集した特典ディスク付き。
2002年12月4日 おニャン子クラブ未公開映像 ザ・バックステージ 1986年春の『全国縦断コンサート あぶな〜い課外授業』のリハーサル、バックステージ、コンサート映像に再結成時の特典映像を加えたDVD-BOX
映像拒否メンバーを一部カットしている(会員番号の歌などソロで映っている場面)
なお、DISC-3のコンサート映像は1986年発売のVHS『あぶな〜い課外授業』の同じ公演(1986年4月1日)の別曲目である。
2005年7月6日 おニャン子クラブ大全集・上巻 全楽曲とライブ盤
シングルカセットのおしゃべりを復刻収録
発売元が異なる『おニャン子Sailing夢工場'87LIVE』のCD盤/CT盤音源は未収録
おニャン子クラブ大全集・下巻
2005年10月19日 おニャン子クラブ in 月曜ドラマランド BOX 1 「ボクの婚約者(フィアンセ)」「もしかして婚約者!?」「いきなり婚約者」を収録
月曜ドラマランド枠では他に、『ママをたずねて三千里』、『透明少女』&『みゆき』(主演:河合その子)、『あしながおじさん』&『ないしょのハーフムーン』(主演:高井麻巳子)、『探偵桃がたり』(主演:渡辺美奈代)、『有閑倶楽部』(主演:国生さゆり)、『ホワッツマイケル?』(主演:吉沢秋絵)、『ねらわれた学園』(主演:新田恵利)、『看護婦アカデミー』&『おさな妻!ママはあぶない17才!!』(主演:渡辺満里奈)などにもドラマ出演している。
2005年11月16日 おニャン子クラブ in 月曜ドラマランド BOX 2 「おニャン子学園危機イッパツ!とんだ放課後」「三代目はおニャン子お嬢さま 花吹雪893組」「おニャン子捕物帖 謎の村雨城」を収録
月曜ドラマランド枠では他に、『ママをたずねて三千里』、『透明少女』&『みゆき』(主演:河合その子)、『あしながおじさん』&『ないしょのハーフムーン』(主演:高井麻巳子)、『探偵桃がたり』(主演:渡辺美奈代)、『有閑倶楽部』(主演:国生さゆり)、『ホワッツマイケル?』(主演:吉沢秋絵)、『ねらわれた学園』(主演:新田恵利)、『看護婦アカデミー』&『おさな妻!ママはあぶない17才!!』(主演:渡辺満里奈)などにもドラマ出演している。
2008年9月17日 おニャン子クラブ大全集 for HiQualityCD 上・下巻 限定CD-BOX
2015年3月18日 結成30周年記念CD-BOX シングルレコード復刻ニャンニャン 「セーラー服を脱がさないで」から「黄砂に吹かれて」までアナログで発売されたシングル125枚に特典ディスクを収録した12cmCD126枚組
タイアップ曲
楽曲 タイアップ
セーラー服を脱がさないで フジテレビ系『夕やけニャンニャン』テーマソング
およしになってねTEACHER
じゃあね
おっとCHIKAN!
お先に失礼 東宝映画『おニャン子ザ・ムービー 危機イッパツ!』主題歌
恋はくえすちょん フジテレビ系アニメ『あんみつ姫』オープニングテーマ
あんみつ大作戦 フジテレビ系アニメ『あんみつ姫』エンディングテーマ
NO MORE 恋愛ごっこ フジテレビ系『夕やけニャンニャン』テーマソング
ウェディングドレス
映画
※活動期間中のみの出演作品

おニャン子ザ・ムービー 危機イッパツ! (おニャン子クラブ)
コミック雑誌なんかいらない!(おニャン子クラブ)
恋する女たち(高井麻巳子)
いとしのエリー(国生さゆり)
ちょうちん(新田恵利)
関連ユニット
ニャンギラス(樹原、名越、立見、白石)- 夕ニャンのコーナーから生まれたユニット。
うしろゆびさされ組(高井、岩井)- 当初名前が“キウイ組”になる予定で、デビュー曲「うしろゆびさされ組」のシングルレコードジャケットも“キウイ組”の名前で作成されたが、急遽“うしろゆびさされ組”へとグループ名が変更されたため、すでに『キウイ組』の名で刷り上がっていたジャケットは破棄された。
うしろ髪ひかれ隊(工藤、生稲、斉藤)- おニャン子クラブ解散後も活動。しかし工藤のソロ充実により、ファーストコンサート後自然消滅した。
おニャン子クラブB組(吉見、杉浦、宮野)- 当初5人でのデビューが告知されていたが、冨永と山崎が卒業。その後吉見、杉浦、宮野の3人によるデビューが再計画され、レコード店頭告知として「いつだってイレギュラー」(1987年6月15日発売予定)というタイトルも公表されていたが、おニャン子の解散により中止になった。
コンサート
ファーストコンサート "KICK OFF"
曲順:1.セーラー服を脱がさないで 2.早すぎる世代 3.夏のクリスマス 4.放課後に落ち込んだ少女 5.愛の倫理社会 6.FENを聴かせて 7.シーッ!愛はお静かに… 8.テディベアの頃-少女の香り- 9.いじわるね Darlin' 10.LIKE A CHERRY BOY 11.うしろゆびさされ組 12.女学生の決意 13.なぜ?の嵐 14.涙の茉莉花LOVE 15.さよなら夏のリセ 16.恋のチャプター AtoZ 17.およしになってねTEACHER 18.真赤な自転車 19.セーラー服を脱がさないで
日比谷野外音楽堂(1985年10月5日)
全国縦断コンサート "あぶな〜い課外授業"
大阪公演で林、三田が卒業、東京公演で中島、河合が卒業。
チケットはファンクラブ会員の申込で完売した為、一般発売は無かった。
曲順:1.セーラー服を脱がさないで 2.会員番号の唄 3.LIKE A CHERRY BOY 4.早すぎる世代 5. 風のInvitation 6. シーサイド・セッション 7.うしろゆびさされ組 8.女学生の決意 9.バナナの涙 10.なぜ?の嵐 11.季節はずれの恋 12.私は里歌ちゃん 13.恋愛御見舞申し上げます 14.バレンタイン・キッス 15.恋はRing Ring Ring 16.冬のオペラグラス 17.恋のロープをほどかないで 18.星座占いで瞳を閉じて 19.じゃあね 20.涙の茉莉花LOVE 21.落葉のクレッシェンド 22.青いスタスィオン 23.恋のチャプター AtoZ 24.およしになってねTEACHER 25.真赤な自転車 26.夢の花束 27.じゃあね 28.セーラー服を脱がさないで
北海道厚生年金会館(1986年3月16日)、広島サンプラザ(3月21日)、名古屋市国際展示場(3月23日)、仙台市体育館(3月25日)、大阪城ホール(3月28日、29日)、日本武道館(3月31日、4月1日)
ファイナル公演以外は、12.好きになってもくれない 17.ロマンスは偶然のしわざ が歌われた。
全国縦断コンサート "おニャン子PANIC"
新田、福永、名越、吉沢、スーザンが卒業、ニャンギラスが解散。
2ヶ月以上に渡る長期間のツアーのため、初回公演と最終公演では曲目、曲順が大幅に異なる。
スタジアムコンサート・全国ツアー:
曲順: 1.乙女心の自由型 2.新・会員番号の唄 3.セーラー服を脱がさないで 4.おっとCHIKAN! 5.夏のクリスマス 6.瞳に約束 7.少しおませな恋 8.私は里歌ちゃん 9.自分でゆーのもなんですけれど 10.季節はずれの恋 11.17才の詩 12.おニャン子のあぶな〜い捕物帖 13.あじさい橋 14.ウィンクで殺して 15.避暑地の森の天使たち 16.風のInvitation 17.キスはマジック 18.プリントの夏 19.猫舌ごころも恋のうち 20.SE・KI・LA・LA 21.シンデレラたちへの伝言 22.象さんのすきゃんてぃ 23.夏を待てない 24.砂まじりのトラベリンバス 25.バレンタイン・キッス 26.青いスタスィオン 27.再会のラビリンス 28.恋のロープをほどかないで 29.テディベアの頃 30.不思議な手品のように 31.お先に失礼 32.夏休みは終わらない 33.瞳の扉 34. 冬のオペラグラス 35. じゃあね 36. およしになってねTEACHER 37. 真赤な自転車
ツアー途中で、11.鏡の中の私、20.渚の『・・・・・』、24.ノーブルレッドの瞬間に差し替えられた。
河合その子は、横浜スタジアム、阪急西宮球場公演のみ歌ゲストとして参加。
球場コンサート後、海外出張を挟んで、全国ツアーがスタート。
横浜スタジアム(1986年7月19日)、阪急西宮球場(7月21日、22日)、広島サンプラザ(8月15日)[11]、愛知県体育館(8月16日)、静岡産業館(8月17日)、福岡国際センター(8月19日)、新潟県民会館(8月21日)、福井フェニックス・プラザ(8月24日)、長野県県民文化会館(8月26日)、仙台市体育館(8月28日)、札幌真駒内屋外競技場(8月30日)
卒業コンサート:
曲順: 1.乙女心の自由型 2.おっとCHIKAN! 3.新・会員番号の唄 4.お先に失礼 5.瞳に約束 6.雪の帰り道 7.おニャン子のあぶな〜い捕物帖 8.あじさい橋 9.ウインクで殺して 10.避暑地の森の天使たち 11.深呼吸して 12.シンデレラたちへの伝言 13.メロディ 14.季節はずれの恋 15.鏡の中の私 16.私は里歌ちゃん 17.自分でゆーのもなんですけれど 18.KissはMagic 19.風のInvitation 20.ハートのIgnition 21.うしろゆびさされ組 22.象さんのすきゃんてぃ 23.渚の『・・・・・』 24.バレンタイン・キッス 25.夏を待てない 26.ノーブルレッドの瞬間 27.冬のオペラグラス 28.真夏の滑走路 29.不思議な手品のように 30.およしになってねTEACHER 31.夏休みは終わらない 32.真っ赤な自転車 33.瞳の扉 34.じゃあね 35.セーラー服を脱がさないで
日本武道館(1986年9月26日)
卒業記念1987おニャン子クラブSPRINGコンサート "おニャン子Sailing・夢工場"
樹原、国生、内海、立見、高井が卒業、うしろゆびが解散。
曲順: 1.本ベル〜オーバーチュア〜STAND UP 2.お先に失礼 3.新・新会員番号の唄 4.恋はくえすちょん 5.NO MORE 恋愛ごっこ 6.ホワイトラビットからのメッセージ 7.マリーナの夏 8.深呼吸して 9.蒼いメモリーズ 10.20歳 11.雨のメリーゴーランド 12.ハートに募金を 13.あじさい橋 14.流氷の手紙 15.星のバレリーナ 16.天使のボディーガード 17.時の河を越えて 18.約束 19.かげろう 20.シンデレラたちへの伝言 21.あんまりじゃない?〜恋なし子 22.私は里歌ちゃん 23.TOO ADULT 24.PINKのCHAO 25.瞳に約束 26.夏を待てない 27.星屑の狙撃手 28.バレンタイン・キッス 29.あの夏のバイク 30.うしろゆびさされ組 31.技ありっ! 32.渚の『・・・・・』 33.かしこ 34.あなただけおやすみなさい 35.瞳の扉 36.じゃあね
大阪城ホール(1987年3月28日、29日)、福岡国際センター(3月31日)、愛知県体育館(4月2日)、国立代々木第一体育館(4月4日、5日)
大阪公演では、35.春一番が吹く頃にが歌われた。
おニャン子クラブ解散記念 全国縦断ファイナルコンサート
解散コンサート。全員が卒業
2ヶ月近くに渡る長期間ツアーのため、全国ツアーと最終公演の曲目、曲順は大幅に異なる。
地方公演には、卒業生が1〜4名ずつ歌ゲストとして参加した。解散コンサートには、卒業生全員(ただしソロ組+ニャンギラス+中島のみ)が参加
全国ツアー:
曲順 1.ONE NIGHT ONLY 2.かたつむりサンバ 3.メドレー(恋はくえすちょん-おっと CHIKAN!-避暑地の森の天使たち-お先に失礼-ハートに募金を-LIKE A CHERRY BOY-およしになってね TEACHER-NO MORE 恋愛ごっこ) 4.天使のボディーガード 5.-3℃ 6.未完成なジグソーパズル 7.シンデレラのシューズ 8.雨のあやとり 9.マリーナの夏 10.深呼吸して 11.夏休みだけのサイドシート 12.ゲストAの歌1曲目 13.ゲストAの歌2曲目 14.間に合うかもしれない 15.雨のメリーゴーランド 16.あじさい橋 17.寒い8月 18.ゲストBの歌1曲目 19.ゲストBの歌2曲目 20.風の物語 21.赤道探検隊 22.瞳に約束 23.TOO ADULT 24.アマリリス 25.時の河を越えて 26.禁断のテレパシー 27.あなたを知りたい 28.割ってしまった卵 29.真赤なミニスカート 30.ウェディングドレス 31.乙女心の自由型 32.STAGE DOOR 34.夏休みは終わらない 35.瞳の扉 36.セーラー服を脱がさないで
札幌厚生年金会館(1987年8月1日、新田・吉沢)、広島郵便貯金会館(8月3日、新田・中島)、福岡サンパレス(8月4日、福永・中島)、名古屋公会堂(8月6日、福永・吉沢)、福井フェニックス(8月7日、高井)、名古屋公会堂(8月8日、河合)、郡山市民文化会館(8月9日、高井)、新潟県民会館(8月15日、国生・内海)、長野県民会館(8月16日、内海)、大阪フェスティバルホール(8月18日、福永・河合、19日、名越・樹原・河合、高井、20日、新田・国生)
札幌厚生年金(1987年8月1日)のゲストAは吉沢、12.なぜ?の嵐と13.雨の花火、ゲストBは新田、18.冬のオペラグラス19.とサーカス・ロマンスを歌唱。
解散コンサート:
曲順 1.オープニング(Circle)〜ONE NIGHT ONLY 2.かたつむりサンバ 3.メドレー(恋はくえすちょん-おっとCHIKAN!-避暑地の森の天使たち-お先に失礼-ハートに募金を-LIKE A CHERRY BOY-およしになってねTEACHER-NO MORE 恋愛ごっこ) 4.天使のボディーガード 5.-3℃ 6.夏休みだけのサイドシート 7.深呼吸して 8.あじさい橋 9.金沢の雨 10.間に合うかもしれない 11.雨のメリーゴーランド 12.蒼いメモリーズ 13.シンデレラたちへの伝言 14.私は里歌ちゃん 15.風のInvitation 16.バレンタイン・キッス 17.なぜ?の嵐 18.うしろゆびさされ組 19.渚の『・・・・・』 20.冬のオペラグラス 21.星座占いで瞳を閉じて 22.涙の茉莉花LOVE 23.未完成なジグソーパズル 24.シンデレラのシューズ 25.雨のあやとり 26. 瞳に約束 27.アマリリス 28.禁断のテレパシー 29.あなたを知りたい 30.時の河を越えて 31.割ってしまった卵 32.真赤なミニスカート 33.ウェディングドレス 34.乙女心の自由型 35.夏休みは終わらない 36.瞳の扉 37.じゃあね 38.STAGE DOOR 39.会員番号の唄 40.真赤な自転車 41.セーラー服を脱がさないで
国立代々木第一体育館(1987年9月19日、20日)
再結成
2002年再結成時のメンバー(レコーディング参加メンバー)

新田、樹原、国生、名越、内海、富川、立見、城之内、岩井、白石、横田、渡辺(美)、山本、布川
同年の『FNS歌謡祭』に出演した際には上記のメンバーに加え(白石除く)以下のメンバーも参加し話題になった。

弓岡、岡本、貝瀬、山森、我妻、杉浦、宮野
また、過去にも何度か番組の企画等でおニャン子クラブの何名かのメンバーが集まった事がある。

1993年、『日本レコード大賞』参加メンバー - 新田、内海、立見、岩井、白石、斎藤
1994年、『花王ファミリースペシャル ザ・同窓会』参加メンバー - 新田、樹原、名越、内海、富川、立見、城之内、岩井、三田、横田、山本、岡本、生稲、貝瀬、斉藤、守屋、高田、吉田、山森、我妻
1994年、『テレビのツボ 夜ふかしニャンニャンファイナル!』参加メンバー - 名越、富川、立見
1996年、フジテレビの日『復活!夕やけニャンニャン』参加メンバー - 新田、中島(美)、樹原、国生、名越、内海、富川、立見、城之内、岩井、白石、吉沢、横田、渡辺(美)、山本、岡本、工藤、生稲、貝瀬、斎藤、山森、我妻
1997年、『ザッツお台場エンターテイメント!』参加メンバー - 新田、中島(美)、富川、山本、工藤
1997年、『とんねるずのハンマープライス』における「学園祭で夕ニャンをする権利」参加メンバー - 新田、中島(美)、内海、富川、立見、横田、山本、布川、岡本、貝瀬、我妻
2005年、『おニャン子クラブ in 月曜ドラマランドBOX2 発売イベント』参加メンバー - 新田、立見、城之内、内海、(他、福永がイベントのために手紙を書いている)
2010年、『サントリー BOSS贅沢微糖TVCF おニャン子再結成!?』参加メンバー - 新田、国生、立見、城之内、白石、横田、渡辺(美)、布川、生稲、杉浦、宮野
2010年、『ボクらの時代』参加メンバー - 新田、国生、城之内
2010年、『超豪華!!スタア同窓会 ゲゲゲッ!の再会SP』参加メンバー - 新田、国生、立見、城之内、渡辺(美)、生稲
2010年、『スパモク!! 最強の女子力決定戦!! アイドル年の差バトル』参加メンバー - 新田、国生、生稲
2010年、『おニャン子クラブのオールナイトニッポンGOLD 』参加メンバー - 新田、国生、城之内、生稲
2011年、『歴代トップアーティスト大集合! 1位をとったアノ歌コンサート』参加メンバー - 新田、国生、城之内、渡辺(美)、生稲
2011年、『くだまき八兵衛X』参加メンバー - 新田、国生、城之内、生稲、杉浦
2011年、『くりぃむしちゅーの最強アイドル大百科』参加メンバー - 新田、国生、城之内、生稲、我妻
2011年、『なるほど!ハイスクール』参加メンバー - 新田、白石、布川、生稲、我妻
2012年、『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』参加メンバー - 新田、樹原、名越、立見、城之内、白石、横田、渡辺(美)、山本、布川、岡本、生稲、貝瀬、山森、我妻、杉浦
2014年、『KiBERA 新商品発表会』参加メンバー - 樹原、国生、名越、内海、白石
2018年、『THE MUSIC DAY』参加メンバー - 新田、国生、内海、立見、渡辺(美)、山本
その他
他局の歌番組との関係
おニャン子クラブおよびそのメンバーは(解散前もしくは卒業前・脱退前においては)、フジテレビ専属とされ、他局の番組や主催イベントに出ることは原則としてなかった。

『ザ・ベストテン』(TBS)には彼女らの楽曲(卒業組含む)が1986年7月31日から1987年4月2日の間には多数チャートインし、1985年8月29日の初登場から1986年7月中旬までは出演していたものの、その後減少した。司会者は、おニャン子クラブの欠席理由に関して、1986年10月2日までは、「定期試験中」「コンサート中・レコーディング中」等の理由を述べていたが、1986年10月9日以降は「各方面の調整がいまだ取れず今回は欠席」という欠席理由を述べていた[12](うしろ髪ひかれ隊に関しては、番組出演が決まり、専用のセットまで組まれていたが、直前になり出演が取り止めになり、苦肉の策として、リハーサルで歌ったスタッフに歌わせている)。1987年3月に、河合その子、4月9日にゆうゆ with おニャン子クラブが第10位にランクインを機に出演拒否を解除したが、“おニャン子クラブ”としての出演は解除後も一度もなかった。ソロ出演かうしろ髪ひかれ隊のようなユニット出演のみしかなく、解除後にランクインされた曲では、「金輪際、出演する事はない」という理由で歌が披露される事はなかったなど、特に『ザ・ベストテン』との関係はおよそ良好とは言い難かった。

この件に関しては、当時のプロデューサーが出した本[13]では「おニャン子クラブの歌にランキングは付けられない」と言う理由だと説明していたが、一方で日本テレビの『歌のトップテン』には出演していたり、夕ニャン内でオリコンのコーナーを作り、おニャン子関係でランキングされるとそれを祝うという活動も行っていた。またそれ以外にも、当時発売されたおニャン子関連の書籍で、「『ザ・ベストテン』のランキングは、レコード売り上げ、有線放送リクエスト、ラジオ放送のリクエストチャート、番組に寄せられたハガキのリクエスト等の総合ポイントにて順位付けがなされていたが、放送される週によってそれらの比重が変化し(例:レコード売り上げがランキングに最重視される週もあれば、ハガキのリクエスト、もしくは有線・ラジオのリクエストが最重視される週がある等)、順位付が公正になされていなかった為、出演を遠慮していた」との記述もある[13]が、真偽の程は定かでない。なお『ザ・ベストテン』におけるおニャン子関連での初の1位獲得は解散からちょうど1年後に工藤静香の「MUGO・ん…色っぽい」でようやく達成している。

『NHK紅白歌合戦』の出場歌手にも選出されなかったが、NHKによると1985年の不出場は「単に視聴者対象の事前調査で票数が少なかったから」と説明している[4]。なお、おニャン子クラブメンバーのうち、『NHK紅白歌合戦』に歌手として出場経験があるのは(2017年現在)工藤静香のみである(『夕やけニャンニャン』放送終了後の1988年が初出場)。

また、テレビ放送によって支えられていた知名度であったことから、メイン番組となる「夕やけニャンニャン」が地元県域局(テレビ長崎)で放送されていなかった[14]長崎県[15]においては、おニャン子の知名度はほとんど伸びなかった。[16]

解散コンサート
1987年9月20日(日曜日)、国立代々木競技場第一体育館ではおニャン子クラブ解散コンサートが行われ、全国から3万人近いファンが集まった。また会場前の広場には チケットを手に入れられなかった数百人のファンが押し寄せ、その数は原宿駅に渡る歩道橋まで埋め尽くす程であった。そうしたファンは皆一丸となって会場から微かに聞こえてくる歌声を聞きながら声援を送っていた。

しかし、最終公演のアンコールに差し掛かった時に一部のファンが暴走。「突っ込めー!!」の合図と共に親衛隊を中心とした数十人が入り口のガラスを折りたたみ椅子で割るなどして乱入、これにつられて他のファン数百人も「俺達だって中に入る権利があるんだ!」と叫びながら警備員の制止を振り切って一気になだれ込んだ(この一件は翌日のニュースやスポーツ新聞で大きくとり上げられている)。

これ以後、毎年9月20日にファン有志が代々木競技場近くの代々木公園に集まって集会(解散コンサートのビデオ上映会)が行われている。[17]

パチンコ
2005年秋、サンセイアールアンドディからパチンコ台「CRおニャン子クラブ」がリリースされた。

ザ・ベストテンのランキング発表のような反転フラップ表示的な演出が特徴である。もっとも、視覚的には番組と同じなのはロゴとキャラクターの振り付けのみで、会員の実名は一切使われておらず、アニメ絵のキャラの顔も、特に会員に似せてはいない。登場キャラクターは全員学生服を着ているが、実際の番組では制服のまま出演することは許されなかった。

批評
音楽評論家の安倍寧は、おニャン子クラブと1934年公開の日本映画『隣の八重ちゃん』との類似点を指摘している[18]。

脚注
[ヘルプ]
 
 おニャン子クラブB組のまま脱退した2人と『夕やけニャンニャン』番組末期に短期間だけ在籍した外国人の研修生1人には与えられなかった
 別冊宝島2611『80年代アイドルcollection』p.3.
 a b 「おニャン子旋風 不況レコード界の“救世主”」『朝日新聞』1986年7月17日付東京夕刊、15頁。
 “おニャン子クラブが日テレで一夜限りの復活ステージ”. 日刊スポーツ. (2018年6月16日) 2018年6月17日閲覧。
 “THE MUSIC DAY 伝えたい歌(番組公式サイト)”. 日本テレビ放送網 (2018年6月16日). 2018年6月18日閲覧。
 a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as at au av aw ax ay az ba 別冊宝島2611『80年代アイドルcollection』p.92
 2011年に活動を再開した時に所属した事務所であり、おニャン子クラブ時代は無所属であった。
 河合その子、渡辺美奈代、工藤静香、高井麻巳子、岩井由紀子、我妻佳代らなどは、おニャン子クラブ所属前からレコード会社や芸能事務所に所属していた。
 「※AKB調べ」2014年11月13日放送分より。
 MCでは「今日は何の日?」 ファンが「終戦記念日!」と言うが、1分間の黙祷をする。
 「各方面」とお断りした後、次のランキングの歌手がフジテレビからの中継となり、追っかけマンの松宮一彦が中継の冒頭で「こちら各方面です」と揶揄する事があった。
 a b こニャン子クラブ編『おニャン子白書』、フジテレビ出版、1987年8月。ISBN 4594001696。pp.47-48.
 当時、『お昼のワイドショー』(NNS系、但しテレビ長崎はNNS非加盟)を放送していた影響で、『笑っていいとも!』を時差ネットしていた関係で。
 長崎放送も『L4 YOU!』(2012年9月28日迄は『レディス4』、いずれもTXN系、ただし長崎放送もTXN非加盟)の放送の影響で、『スーパーワイド』『わいわいティータイム』、『情報!もぎたてサラダ』(以上、14時台)『ジャスト』(15時台)、『イブニング・ファイブ』、『サカスさん』(以上、17時台)、『イブニングワイド』(17:50迄のパート)、『Nスタ』(2013年9月27日迄は17時台、2013年9月30日以降は16時台、17時台とも)が放送されていない。(その一方で、テレビ長崎は『スーパーニュース』17時台を、2007年4月2日よりネット開始(それ以前(2007年3月30日迄)は17時台ローカルワイドが組まれていた。また2009年10月2日から2010年9月24日の間、2011年4月12日から2013年3月22日の間はローカルワイド編成上の都合により時期、曜日により非ネットまたは部分ネット)。また長崎文化放送は『スーパーJチャンネル』17時台を、長崎国際テレビは『Newsリアルタイム』、『news every.』17時台をネットしている。またNHK長崎総合も『ゆうどき』を2007年度よりネットしている。)
 秋田テレビ(秋田県)、石川テレビ放送(石川県)でも『夕やけニャンニャン』は未ネットであった(『お昼のワイドショー』は秋田県では秋田放送がネット、また石川県では『お昼のワイドショー』放送当時はテレビ金沢(当枠ネット局)が未開局であった。尚、『L4 YOU!』(旧『レディス4』)は秋田県では未ネット、石川県では北陸放送がネットしていたが旧『レディス4』時代(2008年9月26日)に打ち切っている(長崎放送と違い、『レディス4』ネット期間中もイブニング・ファイブ17時台が放送されない等の影響は出ていない))。なお、『お昼のワイドショー』枠は新潟総合テレビ、テレビ熊本、テレビ大分、鹿児島テレビ放送はNNS加盟期間中も本番組は放送されていない(「暮らしのヒント」、「ごちそうさま」、「昼下がりのカルチャー」のコーナーのみの放送を除く)。尚、テレビ大分を除く3局は現在はNNSを脱退している。また、『L4 YOU!』(旧『レディス4』)は、青森県、秋田県、山形県、福島県、富山県、福井県、岐阜県、三重県、京都府、兵庫県、鳥取県、島根県、広島県、山口県、徳島県、高知県、佐賀県、沖縄県では『レディス4』時代から放送されておらず(スペシャル版のみのネットを除く)、また、IBC岩手放送、東北放送、テレビ山梨、静岡第一テレビ、北陸放送、南海放送、熊本放送は『レディス4』時代に、南日本放送は『L4 YOU!』時代(2004年10月3日)に打ち切られた。
 2010年10月5日放送日本テレビ放送網「超豪華!!スタア同窓会 ゲゲゲッ!の再会SP」より
 安倍寧「'86夏ポップス考 おニャン子現象」『朝日新聞』1986年8月9日付東京夕刊、3面。



関連項目
後藤次利 - 秋元と共に曲の多くを手掛けた。
とんねるず - 当時『夕やけニャンニャン』のレギュラーだった。石橋と工藤は後に、ユニットを組んでCDを出している。
息っ子クラブ - おニャン子クラブの男性版。
アイドル夢工場
乙女塾 - 第二のおニャン子を目指すべく始まった『夕やけニャンニャン』の後継番組『パラダイスGoGo!!』から誕生したグループ。正確にはフジテレビ主催の「タレント育成講座」。
アイドリング!!! - フジテレビ及びCSフジテレビで現在放送中のおニャン子クラブの後継アイドルグループであるが、2015年10月末で活動終了(こちらを参照)。
AKB48 - 秋元がプロデュースを担当したアイドルグループ。SKE48やNMB48、HKT48、STU48などといった姉妹グループ、乃木坂46、欅坂46といったライバルグループも存在する。
モモコクラブ - 当時発行されていたグラビア誌『Momoco』(学習研究社刊)の美少女紹介ページ。メンバーの中には、のちにおニャン子クラブ入りした者も何人かいる。
チェキッ娘 -秋元康事務所が制作に関与した他、水口昌彦が冠番組のプロデュ―サーを務めた。
桜っ子クラブ-人的、資本的つながりは一切ないがおニャン子の名称、路線を踏襲したアイドルグループ。
表話編歴
おニャン子クラブ
メンバー
4 新田恵利 / 5 中島美春 / 8 国生さゆり / 9 名越美香 / 11 福永恵規 / 12 河合その子 / 13 内海和子 / 14 富川春美 / 15 立見里歌 / 16 高井麻巳子 / 17 城之内早苗 / 18 永田ルリ子 / 19 岩井由紀子 / 21 五味岡たまき / 22 白石麻子 / 23 林香織 / 24 三田文代 / 25 吉沢秋絵 / 26 赤坂芳恵 / 27 松本亜紀 / 28 横田睦美 / 29 渡辺美奈代 / 30 三上千晶 / 31 矢島裕子 / 32 山本スーザン久美子 / 33 布川智子 / 34 弓岡真美 / 35 岡本貴子 / 36 渡辺満里奈 / 37 大貫かおり / 38 工藤静香 / 39 高畠真紀 / 40 生稲晃子 / 41 貝瀬典子 / 42 斉藤満喜子 / 43 守屋寿恵 / 44 高田尚子 / 45 吉田裕美子 / 46 中島早苗 / 47 山森由里子 / 48 我妻佳代 / 49←B1 吉見美津子 / 50←B2 杉浦美雪 / 51←B3 宮野久美子 / 52 鈴木和佳子 / B4 冨永浩子 / B5 山崎真由美 / 研修生 ヨリンダ・ヤン
※数字は会員ナンバー、BはB組、←はB組からの昇格
グループ内ユニット
うしろゆびさされ組 / ニャンギラス / うしろ髪ひかれ隊
シングル
セーラー服を脱がさないで - およしになってねTEACHER - じゃあね - おっとCHIKAN! - お先に失礼 - 恋はくえすちょん - NO MORE 恋愛ごっこ - かたつむりサンバ - ウェディングドレス - ショーミキゲン
オリジナル・アルバム
KICK OFF - 夢カタログ - PANIC THE WORLD - SIDE LINE - Circle
ベスト・アルバム
スーパーベスト - NON-STOP おニャン子 - 家宝 - おニャン子クラブ ベスト - フォーエバー・アイドル・ベスト・シリーズ おニャン子クラブ - ULTRA NYANKO OMOTE SPECIAL - ULTRA NYANKO URA SPECIAL - おニャン子クラブA面コレクション - おニャン子クラブB面コレクション - EURO おニャン子 - MYこれ!クション おニャン子クラブBEST - おニャン子クラブ ミニ・ベスト - おニャン子クラブ大全集 - 30-35 VOL.3 「おニャン子クラブ」特集 - デビューアルバムに針を落として… おニャン子クラブ編 - 「おニャン子クラブ」SINGLESコンプリート - Myこれ!チョイス 14 夢カタログ+シングルコレクション - おニャン子クラブ大全集 for HiQualityCD 上・下巻 限定CD-BOX
ライブ・アルバム
おニャン子Sailing夢工場'87LIVE
テレビ・ラジオ番組
夕やけニャンニャン - 月曜ドラマランド - ミルッきゃナイDay - 夕食ニャンニャン - おニャン子のアブない夜だよ 生放送 - おニャン子のアブない夜だよ - TOKYOベストヒット
関連人物
石田弘 - 港浩一 - 秋元康 - 佐藤準 - 後藤次利 - とんねるず(石橋貴明・木梨憲武)

関連項目
フジテレビ - ポニーキャニオン - CBS・ソニー - EPIC・ソニー - フォーライフレコード - ワーナー・パイオニア
表話編歴
秋元康
著書
着信アリ ドラマ版 リメイク/リ・イマジネーション版 象の背中 もうひとつの象の背中 アニメ
原作・原案
テレビドラマ
そのうち結婚する君へ アリよさらば マジすか学園シリーズ 無印 2 3 4 5 木更津乱闘編 キャバすか マジムリ 桜からの手紙 〜AKB48 それぞれの卒業物語〜 私立バカレア高校 ミエリーノ柏木 So long ! 初森ベマーズ AKBホラーナイト アドレナリンの夜 AKBラブナイト 恋工場 徳山大五郎を誰が殺したか? AKB48総選挙スキャンダル アキバ文書 CROW'S BLOOD 警視庁 ナシゴレン課 豆腐プロレス サヨナラ、えなりくん 残酷な観客達 愛してたって、秘密はある。 Re:Mind
テレビアニメ
OH!MYコンブ カラオケ戦士マイク次郎 あずきちゃん ナースエンジェルりりかSOS シックス・エンジェルズ ICE まりもの花
映画監督作品
監督作品 を参照
ラジオ番組
自分の時間 Mature Style ドラマティックドライブ〜いつも誰かと〜 今日は一日“秋元康ソング”三昧 2018年
ドラマ脚本
笑う三人姉妹 タモリと鶴瓶
作詞した楽曲
楽曲一覧 AKB48 SKE48 NMB48 HKT48 SDN48 JKT48 AKB48の関連作品 Chocolove from AKB48 渡り廊下走り隊7 ノースリーブス フレンチ・キス Not yet DiVA SKE48の関連作品
出演番組
秋元流 グリーンの教え 料理の鉄人 理由ある太郎 魂のワンスプーン TVブックメーカー 週刊・ヤング情報 アイアンシェフ ラストアイドル season2 ラストアイドル in AbemaTV
担当番組
担当番組 を参照
関連項目
おふろのうた みんなのうた 奥山疑 遠藤察男 菊原共基 岩崎夏海 美濃部達宏 吉野晃章 三谷幸喜 見岳章 佐藤準 後藤次利 SKK47 辻陽 北川謙二 剱持嘉一 牧野アンナ 夏まゆみ TAKAHIRO CRE8BOY 堤幸彦 大根仁 福田雄一 蜷川実花 湯川英一 松浦勝人 石田弘 港浩一 秋元麻巳子 とんねるず 石橋貴明 木梨憲武 野猿 女猿 猿岩石 有吉弘行 森脇和成 ノンキーズ 白川安彦 山崎晋 おニャン子クラブ うしろゆびさされ組 ニャンギラス うしろ髪ひかれ隊 国生さゆり 新田恵利 河合その子 立見里歌 城之内早苗 工藤静香 渡辺満里奈 渡辺美奈代 前田敦子 小嶋陽菜 高橋みなみ 峯岸みなみ 板野友美 篠田麻里子 大島優子 秋元才加 宮澤佐江 河西智美 渡辺麻友 柏木由紀 指原莉乃 北原里英 岩佐美咲 横山由依 島崎遥香 川栄李奈 岡田奈々 向井地美音 小栗有以 本田仁美 松井珠理奈 松井玲奈 須田亜香里 山本彩 渡辺美優紀 宮脇咲良 矢吹奈子 田中美久 荻野由佳 中井りか 瀧野由美子 生駒里奈 白石麻衣 橋本奈々未 松村沙友理 衛藤美彩 西野七瀬 桜井玲香 若月佑美 生田絵梨花 星野みなみ 高山一実 秋元真夏 齋藤飛鳥 堀未央奈 平手友梨奈 菅井友香 長濱ねる AKB48グループ AKB48 ノースリーブス Not yet その他のユニット SKE48 ラブ・クレッシェンド SDN48 NMB48 HKT48 NGT48 STU48 JKT48 BNK48 MNL48 AKB48 Team SH AKB48 Team TP MUM48 SGO48 OJS48 SNH48 IZ*ONE オフィスフォーティエイト 芝幸太郎 戸賀崎智信 AKS 窪田康志 松村匠 坂道シリーズ 乃木坂46 欅坂46 けやき坂46 吉本坂46 乃木坂46合同会社 Seed & Flower 吉本興業 劇団4ドル50セント 22/7 少女隊 息っ子クラブ 幕末塾 ねずみっ子クラブ チェキッ娘 推定少女 美女木ジャンクション Thinking Dogs ラストアイドルファミリー シュークリームロケッツ Someday Somewhere オメガトライブ 高島信二 西原俊次 杉山清貴 カルロス・トシキ 晴山さおり 国武万里 LUHICA 美空ひばり 大橋巨泉事務所 ジャパン女子プロレス 京都造形芸術大学 代々木アニメーション学院 おーい、ニッポン フジパシフィック音楽出版 セガ ドリームキャスト DRESS
典拠管理
WorldCat Identities MusicBrainz: b19d5a80-25be-4bab-aded-8252e5c60483 NDL: 01216897 VIAF: 254292727
カテゴリ: おニャン子クラブ秋元康日本のアイドルグループ日本のポップ・グループ日本のガール・グループフジテレビの番組発のグループ10人組以上の音楽グループ













会員番号名前生年月日加入時期卒業時期事務所
1奥田美香(おくだ みか)1968年2月28日1985年4月1日1985年4月25日-
2榎田道子(えのきだ みちこ)1967年5月4日1985年4月1日1985年4月25日-
3吉野佳代子(よしの かよこ)1967年4月3日1985年4月1日1985年4月25日-
6樹原亜紀(きはら あき)1969年3月30日1985年4月1日1987年3月30日-
7友田麻美子(ともだ まみこ)1968年1月8日1985年4月1日1985年4月25日有限会社アイント
10佐藤真由美(さとう まゆみ)1967年9月25日1985年4月1日1985年4月25日-

1985年4月18日 週刊文春喫煙事件


おニャン子クラブの6名(奥田美香、榎田道子、吉野佳代子、樹原亜紀、友田麻美子、佐藤真由美 : 全員当時20歳未満)が、
その日の番組生放送終了後にフジテレビからほど近い新宿区内の喫茶店で喫煙しているところを(未成年者喫煙禁止法に抵触)、
週刊誌『週刊文春』の記者に写真に撮られて1985年4月18日同誌(4月25日号)巻頭グラビア面でスクープ記事にされることになった。
おニャン子が当時まだ無名に近かったのが幸いして、それほど騒がれずに終息していった。

1985年4月25日、6人中5人が解雇される。消した彼女らは「喫煙組」とも呼ばれている。タブー扱いされることとなる。
樹原亜紀は写真にしっかり写っていたにもかかわらず十数日後に復帰しており、佐藤真由美は写っているのがスカートだけで。
番組側は脱退させる措置まで採るつもりはなくて、降板させたのは反省期間として一時設けたものに過ぎなかった。
しかし、各々の通学していた学校が1人に退学、3人に謹慎処分を下してしまい、教師と両親側が「もうテレビに出してほしくはない」と申し入れたこと。
不祥事発覚の前まで友田麻美子はエース格に位置していたことから「セーラー服を脱がさないで」メインボーカル内定しており。
[『こニャン子クラブ編 あぶな〜いおニャン子』(1986年、フジテレビ出版)]

2016年6月3日放送のTBS系『爆報! THE フライデー』で友田麻美子の述懐によれば、
写真に撮られていた他のメンバーらとは喫煙常習者同士であり、喫茶店で喫煙していたところ、突然一人の男性が彼女らのその姿をカメラで撮影し、
アイドルとして致命的な行為をやってしまった事の重大さに気付き、撮影者を店外まで追ったりしたものの既に時遅く見つけることは出来なかった。
『週刊文春』の記者たち(撮影者と彼女らが撮影された後のやりとりを記録していた計2人)は当初からフジテレビを出てくるところから尾行し、
喫煙現場である喫茶店内に入って様子も伺っていたのだが、彼女らはまったくそれには気が付かなかった。


友田麻美子は、現在はオーダーメイドのバッグ製作を手がけている。独身。


奥田美香は、1988年『プレイメイト ジャパン』で準ミスとなり、『PLAYBOY 日本版』(1988年10月号)では、
おニャン子初となるヌードを披露しました。以降、グラビアアイドルBDSM の世界を経て、プロダクション社長となったみたいです。


榎田道子は、元アイドル・俳優「榎田路子(えのきだ みちこ)」の本名「榎田道子」とは同名異人。
後に1997年にテレビ東京『ASAYAN』のオーディションに登場。現在「株式会社ペイルトーン」という補正下着や化粧品の販売会社の部長。独身。


吉野佳代子と佐藤真由美の現在の消息は後の各種マスコミによる調査でも解らずに不明となっている。







ニャンギラス

1986年4月1日、異色ユニット「ニャンギラス?」のメンバーにもなる。

白石麻子





ニャンギラス

1986年
ニャンギラス?のメンバー。フリーライターとして活動し、オランダ人男性と結婚。オランダ在住。2児の母。
樹原亜紀会員番号は6番

立見里歌会員番号15番

名越美香 会員番号は9番

白石麻子会員番号22番

卒業後は、フリーライターとして活動し
オランダ人男性と結婚。現在はロッテルダムに
在住し、ロッテルダムの和食レストランで
コックとして働いているそうです。2児の母。
海外在住ではあるが、おニャン子クラブの
同窓会などのイベントにはほとんど
参加しています。また、今でもメンバー間で
交流を続けているとのことです。

http://onyanko.oka2011.com/category/%E3%81%8A%E3%8...
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%A3%E...
https://www.facebook.com/groups/1674233052811533/
https://middle-edge.jp/articles/iKbJs?page=2
https://middle-edge.jp/articles/s7uKx
http://fanblogs.jp/taisei64/archive/218/0
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E3%83%8B%E...

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